/赤い恋のキューピット/
「アッ痛たたたた!」
教壇にぶつけた膝を抱えて丸い身体が飛び跳ねる。
「あ~またかいな。どんくさいなぁ」
教室中にドッと笑い声が上がる。
半べそをかいて授業そっちのけでズボンを巻くり上げて膝を見ているのは、
我らが担任M先生である。
自称/32才、身長1m65㎝、体重70kg、センス最高、運動神経抜群。
よく本人は・・・
「100mを12秒台で走れる!」とか、
「俺のセンスを見習え!」
とか言っているが、
12秒どころか100mを完走できるか怪しい。
くどい緑のチェックのジャケットにこれまたくどいチェックのタイを絞め、
「どうだ♪」と女子に自慢する。
基本気のいい人柄なのでバカにしている奴もいるが、
“親分”と呼ばれクラスの人気者である。
これとは対照的に全校生徒憧れのY先生がいる。
美人、スタイル抜群、スポーツ万能、頭脳明晰、
廊下をさっそうと歩く姿はまさに“ユリの花”♪
体育祭の時クラスリレーのアンカーで出て7人ごぼう抜き!
その勇姿を見た男子生徒全員号泣!
感激のあまり倒れて保健室に運び込まれた者数知れず。
体育祭も終わり風に実った稲穂の乾いた音が混じる頃。
学校へ行くと自転車置き場が大変な人人人・・・
「だれのクルマや?」
「スポーツカーしかも赤やで!」
「場所からいくとあいつやけど、まさかなぁ」
校舎向かって左側生徒の駐輪場の横が先生達の駐車場になっている。
学校に近い方から、
校長先生の黒いクラウン。
次がO先生自慢の白いブルーバードSSS。
その隣が我が担任のいつもの、
ぶつけて左目が落ちそうになっているボコボコのテントウ虫・・・
のところに“真っ赤なトヨタS800”が停まっていた!
親分のクルマだった!
当時大卒の初任給が2万6000円前後の時代に、
ヨタハチは59万5千円もした!
「エンジンは800ccで空気抵抗が少ないので燃料を食わないから、
耐久レースじゃ敵なしなんだ・・・」
私のクルマ師匠Iちゃんの解説が続く。
それからしばらくクラスではヨタハチの話で持ち切りだった・・・
親分が授業の遅れを校長先生のところに言い訳に行っている時、
前の席の水谷君から不審な情報が入った。
水谷君は周りに目を配り声を潜めながらこう切り出した。
「俺さぁ親分とY先生が体育祭の前の日に隣町のスポーツ品店で、
一緒に買い物しているのところを見ちまったんだ」
見てはいけないものを見てしまったかのような顔で水谷君は続けた。
「誰にも言うなよ!二人は同じ靴を買ってたみたいなんだ。誰にも言うなよ!」
お揃いの靴、赤いスポーツカー・・・
朝からテレビが大雪のニュースばかりやっている。
親分はといえば相変わらず垢抜けないジャンパーに赤いアップシューズ。
赤いアップシューズ?
Y先生はというと重苦しい冬の雲を吹き飛ばすかのような、
鮮やかな黄色のジャケットに赤いアップシューズ。
赤いアップシューズ?
実はこのとき二人は付き合っていて結婚の約束もしていたらしい。
親分は悪の組織ショッカーのように俺達の知らないところで策略を練って、
何度もY先生をデートにさそっていたらしい。
全然興味の無かったY先生も親分のねっちっこい熱意に絆されてドライブに応じた。
初デートなのに親分が雨男かY先生が雨女なのかあいにくの雨。
折から雨も強さを増し普段から調子の怪しい独眼竜テントウ虫は高速で案の定沈黙・・・
「大丈夫です!俺降りて押しますから!」
土砂降りの雨の中Y先生を車内に残し、
ずぶ濡れになりながら一人クルマを押す親分!
やっとこインターに辿り着き声を掛けるとY先生は泣いていたらしい・・・
その後二人は急接近。
Y先生は赤が好きだと噂で知った親分は一世一代の大勝負に出た!
【それがトヨタS800だった】
このあと二人はめでたくゴールイン♪
恋のキューピット役のヨタハチは空冷なので夫婦水入らず♡