top of page
/パリからマルセイユ/
「長距離移動ならDSそれも僕のブレークが一番だよ」
パリからマルセイユまでの約800キロを車で移動することになって
ディディエが自分のDSを散々自慢していたことを思い出した。
「くれぐれも大切に扱ってくれよ」
今にも泣きそうなディディエから借り出したDSブレークは
スタンダードよりも幾分濃いグリーンに塗られていた。
ハンドルの向こう側に立ち上がるシフトレバーを左に倒して
エンジン掛けると、草原で惰眠を貪っていた大型の草食獣が
ゆっくりと起き上がるように、DSは少しずつ静かに車高を上げていく。
パリを出る頃から怪しかった空模様が中間点のリヨンに付く前には、
とうとう本降りになってしまった。
最初フランスのこの時期には珍しいほどの強い雨と、
いささか唐突なブレーキに緊張したが慣れてしまえば、
そこはシトロエンのグランドツアラー。
ゆるぎない直進性とハイドロの快適な乗り心地。
屋根を叩く雨音も静かな車内じゃ子守唄。
次なる強敵は睡魔になりそう。
眠気に負けてペースを落とすと視界がにじむ。
ここは強気にペースを上げて。
マルセイユまであと350キロ。
ディディエの泣きっ面を思い出しながら私は右足に力を込めた。
bottom of page