/赤い魔法のタクシー/
昔実家の近くにもうずいぶん前に廃校になった自動車教習所があった。
スタートを知らせるアナウンス、
ずらりと並んだ教習車、
気難しい顔をした教官、
車に向かう不安そうな生徒、
教習車の廃棄ガスの匂い、
日が傾き家路を急ぐ自転車の音、
喧噪・・・
終了を知らせるスピーカーの声・・・
もう今は野良犬が支配する無法地帯、僕らの最高の遊び場だった♪
ひび割れてはいても教習コースはまだまだ現役。
狭路あり、坂道あり、なんといっても一番のお気に入りは電車の来ない踏切。
補助輪がやっと取れた程度の駆け出しライダーには夢のような世界。
毎日朝から晩まで所狭しと駆け回る4人組・・・
あるときヒロシが伸びきった草むらの中にカバーのかかった車を見つけた。
カバーを取ってみると屋根が黒、車体が赤、教習所の車だった。
ほこりを被り赤いボディは色褪せドアには大きく学校の名前が書いてある。
「汚いよ!」
さっそく綺麗好きのオサム君が拒否反応を示した。
もとより汚いの平気の3人はカギのかかってないドアを開けて中に乗り込んだ。
「オサムも来いよ!イスふわふわだぞ♪」
オサムくんしぶしぶ後ろの席に座る。お尻が落ち着かない様子。
すかさず運転席に陣取ったヒロシが、
野球帽をきちんと被り直し振り向きながら聞いた。
「どこへ行きましょう?お客さん」
「イタリア!」
ソフィア・ローレンが好きなタカシがすかさず日に焼けた顔を上げて答える。
【ソフィア・ローレンのファンなんてどんな小学生や】
「イタリアですね」
ヒロシが黒いエボナイトのハンドルを両手でぐるぐる回すと・・・・
夏の日差しが眩しい外の景色が流れ4人はイタリアへ行った♪
イギイス、フランス、アメリカ、
4人は毎日少ない知識からありったけの地名を引っ張り出して、
教習車にジュースやお菓子を持ち込み想像の世界旅行に出発した♪
教習所の名前が書かれた“赤い魔法のタクシー”は
アポロ11号が降り立った静かの海だってアームストロング船長より先に行った♪
やがて夢の舞台は住宅に変わり、
赤い魔法のタクシーも消え、
楽しい思い出と錆びたドアで切った中指の傷が残った・・・
SZを始めて見たときなぜか中指の傷に目がいった・・・
赤、黒のボディ、奇抜なデザイン、いい音のするエンジン
SZは二人乗りだけど・・・
あの頃の4人がそろえばどこでも行けるような気がした。
運転手はもちろんヒロシ。
「今日はどこへ行きましょう?お客さん」
【一足先に旅立ってしまったヒロシに捧げる】